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黄昏の岸 暁の天 7章4~

2010-08-08 22:20


  4

「|謀反《むほん》に参加したのは、天官ばかりが十一人、首謀者は|内宰《ないさい》で、どうやらこれが全てだったようです。怪我人は三人、逃げ出した五人は取り押さえてあります」
 |桓たい《かんたい》[#「桓たい」の「たい」は「鬼」+「隹」Unicode:+9B4B]の説明を受けながら陽子が内殿に戻ると、|虎嘯《こしょう》が大きな体を縮めて待っていた。陽子の顔を見るなり、その場に平伏する。
「本当に──済まない」
「……どうしたんだ?」
 瞬く陽子に、桓たいは苦笑する。
「謝らせておやんなさい。確かに、あの場に|大僕《だいぼく》も|小臣《しょうしん》もいなかったのは落ち度だ」
「だが、私が人払いをしたんだ」
「だからといって、目を離しちゃならなかった」
 虎嘯は言って顔を上げる。
「虎嘯のせいじゃない。そもそも虎嘯の職責じゃないだろう」
 王の警護は夏官の中でも|射人《しゃじん》、特に|司右《しゆう》の職責だった。|公《おおやけ》においては司右の下官である|虎賁氏《こぶんし》が、|私《わたくし》においては|大僕《だいぼく》がそれを指揮する。ここで言う「私」とは、|内宮《ないぐう》を指す。内宮とは、王宮の最深部に当たる|後宮《こうきゅう》及び、|東宮《とうぐう》、|西宮《せいぐう》を含む|燕寝《えんしん》と、|正寝《せいしん》、|仁重《じんじゅう》殿、禁門に至る|路寝《ろしん》、そして内殿と外殿までを言う。その外側を|外宮《がいぐう》と言い、ただし、内殿と外殿を含む。本来、王は内宮の最も表に当たる外殿までしか出ないものだ。そして臣下は、原則として外宮の最も奥に当たる内殿までしか立ち入ることができない。
「大僕の仕事は内宮における警護だろう。|西園《さいえん》は掌客殿の一部だ。あれは外宮であって内宮じゃない」
「それはそうなんだ……だけど」
 すっかり肩を落とした虎嘯の背を宥めるように叩き、桓たいは、
「|詫《わ》びの言葉ぐらい聞いてやらないと、虎嘯も立場がないですよ。──確かに西園は外宮ですから、|虎嘯《こしょう》の管轄外です。そもそも普通は、公式の行事がある場合でなければ、王は内宮を出ないものです。公務で出る場合は、|虎賁氏《こふんし》が警護につく。ところが、今回主上が西園でやっていたことは、公務の範疇に入らない」
「それはそうだろう。法や礼典に基づく行為じゃなかったわけだから。公式には賓客はいないことになっていたし、だから本来、掌客殿に客人を訪ねるときに踏むべき手続きも全く踏まなかった。そもそも|李斎《りさい》を王宮に入れたところから、完全に慣例や礼典無視の手前勝手な振る舞いだ。……私が悪かった」
 陽子はそう詫びたが、|桓たい《かんたい》は大仰に顔を|顰《しか》めた。
「王様ってのは、手前勝手なものに決まってます。そうでなきゃ、国が荒れたり倒れたりする道理がない。あれは公務ではなかったのだから、虎賁氏の職責ではなかった。それでも警護は必要だったわけだし、虎賁氏と大僕と、どちらがそれに|就《つ》くべきかと言うと、大僕だったはずだ、ってことです」
 虎嘯はしゅんと|項垂《うなだ》れる。
「そういうことなんだ。……それが何しろ、あそこにおられたのは、他の国の王様や台輔ばかりで、俺には敷居が高かったし、事が事だけに、俺が|覗《のぞ》き見をしたり立ち聞きをしたりしちゃならないような気がしてたんだ。陽子が親しい奴のところへ一人でほいほい出掛けるのは、内宮じゃよくあることだし、だから──気を抜いてたんだよなあ」
 虎嘯らは、西園にはいるまでを警護して、そこから先は遠慮していた。西園への往復を警護すればそれで良いのだと、思っていたことは|否《いな》めない。
「それは虎嘯の落ち度だぞ。内宮で警護にぴりぴりしないでいいのは、そもそも危険な人間を一切踏み込ませてないからだ。内殿や外殿なら人目もあるし、宮毎、建物毎に護衛が付いている。だが、西園ではそうはいかん。今回のように、公式においでにならない賓客がある場合には礼典に|則《のっと》った警護も置けない。|燕朝《えんちょう》に出入りできる者なら誰だって西園に近づくことができたし、実際そうなったわけだろう」
 うん、と虎嘯は頷いた。桓たいは苦笑いし、
「虎嘯には大僕として落ち度があったのだから、謝らせてやらないといけませんよ。その上で、小官から奏上させてもらいたいんですが」
「何だ?」
「今度の件には主上のほうにも落ち度があった。何事にも堅苦しくなく、鷹揚でいらっしゃるのは主上の良いところだとは思いますけど、|則《のり》を気軽に無視なされば、こういう弊害が出る。周囲の官には、官としての職分というものがあって、主上のように一存でそれを無視するわけにはいかないんです。慣例や則を無視なさると、慣例や則で枠をはめられた官は|蹤《つ》いて行きようがなくなる。なので、この件については、大僕を|咎《とが》めないでやってください」
「……結局、そういう話か?」
「言っておきますけど、|虎嘯《こしょう》に詫びさせないことと、虎嘯を許すことは別物ですよ。主上はそのへんが|杜撰《ずさん》すぎます。虎嘯に詫びさせないのは、落ち度をなかったことにすることです。仮にも王が、罪や怠慢をなかったことにしたらいけませんよ。周囲の者だって、それじゃあ納得しない。|偏《かたよ》った寵だと言うに決まってるし、虎嘯だって立場がない」
「ああ、……そうか……」
 呟いたところに、|浩瀚《こうかん》が入ってきた。
「なんだ──お前たち、ここにいたのか」
 言って浩瀚は、真っ先に虎嘯に向かう。
「大僕にはこの度の責を取って、三月の謹慎を申しつける」
 待て、と陽子が口を|挟《はさ》もうとすると、
「だが、台輔のたっての請願もあり、主上も則を乱して大僕の職分を混乱させたことを認められた。大僕には、逆賊を捉えた手柄もあるので、罪を相殺して不問に処す。──ということにしようと、|有司議《ゆうしぎ》では一致しましたがいかがでしょう」
 浩瀚は平然と言って陽子に向かう。
「則を乱して、というところか? それはたった今、|桓たい《かんたい》に叱られたばかりだ」
「では、これで?」
 いいよ、と陽子は苦笑する。桓たいは声を上げて笑い、捕らえた罪人は秋官に引き渡してある旨、浩瀚に報告すると、虎嘯の背中を叩き、引き連れて出て行った。
 それを淡々と見送り、浩瀚は書面を差し出す。
「……内宰は、そもそも現状に不満が強かったようですね。彼はもともと|内小臣《ないしょうしん》で、内宰の下、王と宰輔の身辺の世話を一手に取り仕切っていました。主上が抜擢なさって内宰に位を進めたわけですが、現在のところ路寝における主上の|側仕《そばづか》えからは閉め出されている。内小臣の時代から、自分は路寝に侍ることができる、それが彼の誇りであったのに、それを踏みにじられて我慢がならなかったようです」
 そうか、と陽子は溜息と一緒に|零《こぼ》した。
「……おまけに王は、素性の知れない臣下を重用し、則も何も無視して、何やら窺い知れないことを側近とだけやっている……まあ、不満に思って当然なのだろうな」
 あの謀反に参加した者は、いずれも天官だった。天官は国の運営に直接の係わりを持たない。王と宰輔の世話をし、宮中の諸事を司ることが職務だ。あるいは、王にそれだけ近い、という誇りの持ち方をしなければ、やっていけないものなのかもしれない。
「もしもそれが、内宰らに対する同情なのでしたら、そんなものはお捨てになることです」
 素っ気ないが、強い口調に驚いて、陽子は浩瀚を見た。浩瀚は軽く眉を上げる。
「内宰らが西園に踏み込んだ経過は、劉将軍と泰台輔にお聞きしました」
「相変わらず手回しがいいな」
「それだけの大事だということです。──念のためにお聞きしておきますが、まさか主上は内宰らの言い分にも一理ある、などとは思ってはいらっしゃらないでしょうね?」
 陽子は目を伏せる。
「あるんじゃないのかな。……彼らは実際のところを知り得なかったわけだし、知らずに私の行動だけを見れば、あのように思っても仕方ないと思う。慶のためにならない王だと言われれば、そう思うのであればそうなのだろう、としか答えようがない。まさか、そんなことはない、私は慶のためになる王だ、なんてことを断言できるはずもないだろう。それは私が判断することじゃないからな」
「では、説明申し上げます」
 浩瀚はさらりと言って、書面を|書卓《つくえ》に放り出す。
「まず、主上が良い王であるか否か──これは見る人にもより、見る時にもよりましょう。ただ、今回の件に関しては、主上がいかなる王であるかは問題ではございません。剣をもって人を襲うと決めた時点で道義の上では有罪、その罪人に正義を標榜して他者を裁く資格のあろうはずがない」
「それは……そうだろうが」
「そもそも、私共が内宰らを路寝から閉め出したのは、このような事態があることを|懼《おそ》れてのことです。信用できる者でなければお側には上げられない、それが官の一致した見解であり、お側に上げ、重用できるほど彼らに信用が置けなかった、ということです。信用がならない、と判断したのは、彼らの|為人《ひととなり》を見てのことでございますね。そして、その判断が誤っていたとは思われません。第一に──半獣ごとき、土匪ごとき、と?」
 浩瀚は陽子を見る。
「そのようなことを考える者は、必ず権を振り|翳《かざ》す。それに権威を与えるわけには参りませんでしょう。振り回すと分かっている者に、刃物を持たせる者などいない。第二に、それを口にすることを恥じない者に、道のなんたるかが分かるはずもなく、道を分からない者に国体に参与する資格などございません。第三に、実情を知らない者には、批判する資格はございません。にもかかわらず、実情を知ろうとするより先に、憶測で罪を作り、その罪を元に他者を裁くことに疑問を覚えない者に、いかなる形の権限も与えるわけにはいかない、これが第四。さらに第五、そのような自己の不明、不足を自覚せず、己の不遇を容易く他のせいにして|弾劾《だんがい》する者に信を置くことなどできかねる。ましてや、法に|悖《もと》り道に悖る手段でそれを完遂しようとする人物は危険人物だと言わねばなりません。危険な人物を主上の周囲に|侍《はべ》らせるわけには断じて参りません。これが彼らを重用しなかった理由の第六ですが、何か間違っておりますか」
 陽子は半ば呆れた気分で、浩瀚を見返した。
「彼らの常日頃の言動を見れば、お側に上げられるほど信用できる者には見えなかった。ゆえに路寝からは閉め出したのだし、それが間違いではなかったことを、図らずも自ら証明したということでございますね」
 陽子は|書卓《つくえ》に|肘《ひじ》をつき、両手の指を合わせる。
「……あえて訊く。もしも彼らを重用していたら、彼らもあんな行動には至らなかったとは思わないか?」
「こちらこそお訊きします。|報《むく》われれば道を守ることができるけれども、報われなければそれができない。──そういう人間をいかにして信用しろと?」
 陽子は|上目遣《うわめづか》いに浩瀚を見たまま、両手の指先を打ち合わせる。
「目が届いていると、言い切れるか? 功を見逃し、たまたま目にした罪だけを取り上げていないと?」
 浩瀚は冷淡な目で陽子を見る。
「それは私に対する|侮辱《ぶじょく》でございますか? 主上もご存じの通り、私は信の置ける者を、国の主だった官として取り上げる一方で、あえて下官としても働かせております。官で言うなら上、中、下士、兵で言うなら伍長でございますね。そうやって|端々《はしばし》まで目を配っているつもりですが、それにご不審がおありか」
「……悪かった」
 陽子が詫びると、浩瀚は息を吐いて微苦笑する。
「結局のところ、その人物の|為人《ひととなり》の問題でございますよ。そしてそれは、その者がいかに振る舞い、生きているかにかかっているのです。常にそれを問われている。必ず誰かが見ているのですから。そして信ずるに足るものであれば、喜んでその行為に報います。それは、李斎殿の例を見ればお分かりでしょう」
「……李斎の?」
「主上はなぜ李斎殿に手をお貸しになったのですか?」
「なぜ、と言われても」
「金波宮に転がり込んで来られた、その時の無惨な様子を御覧になったからではないのですか。李斎殿がああも傷ついておられたのは、妖魔の巣窟と化した垂州を越えて来られたせい、李斎殿があえてそれを成されたのは、それだけ戴を救おうと必死になっておられたことの証左ではないのですか?」
「それは……勿論」
「戴を救って欲しいと、李斎殿は主上に訴えられた。しかしながら、他国に武をもって入ることは|覿面《てきめん》の罪を意味します。──あるいは李斎殿はもとよりそれを承知だったのかもしれません」
「……浩瀚」
「承知で主上の情に訴え、罪を|唆《そそのか》すためにやって来られたのかも。ひょっとしたら、そんなことはご存じなかったのかもしれないし、失念しておられたのかもしれない。たとえ承知で罪を唆すためにやって来られたのだとしても、それだけ必死だったということなのかもしれないし、あるいは、戴さえ良ければ慶など知ったことではない、というだけのことだったのかもしれない。李斎殿の内実は、私などには分かりかねます。それでも、主上が李斎殿のために労と時間を割かれることに、私は反対いたしませんでした」
「……ああ」
「それは李斎殿の言動を拝見していたからですね。主上に対する態度、我々に対する態度、あるいは虎嘯に対する態度。なにかにつけて発せられる言葉、行われる行為、それらのものから考えて、私には李斎殿が戴さえ良ければ慶など知ったことではない、と考えられるような方には見えませんでした。私は未だに李斎殿の内実を知ることはできませんが、もしも罪を承知で来られたのであれば、それだけ必死でいらしたのだろう、けれどもその罪深さを自覚なさったのだろう、と思っております」
 うん、と陽子は頷いた。
「結局、そういうことでしょう。自身の行為が自身への処遇を決める。それに値するだけの言動を為すことができれば、私のような者でも助けて差し上げたいと思うし、場合によっては天すらも動く。周囲が報いてくれるかどうかは、本人次第です。それを自覚せず、不遇を恨んで主上を襲った。こういうのは、|逆恨《さかうら》み、とこちらでは申すのですが」
「……蓬莱でもそう言うみたいだよ」
「逆恨みの|挙《あ》げ|句《く》、剣を持ち出すような者の意見に耳を傾けるだけの理があろうはずがございません。──これもまた、本人の言動が報いるに値するかどうかを決する、という実例でございますね」

   5

「──お身体はどうですか?」
 李斎が|夕餉《ゆうげ》を抱えて臥室に入ると、泰麒は起き上がって窓の外を見ていた。李斎が一時、身を寄せていた太師の邸宅にある|客庁《きゃくま》だった。
 大丈夫です、と振り返った泰麒は、しっかりした振る舞いをしているものの、どこか影が薄いように見えてならなかった。その不安を振り払うように、李斎は笑う。
「さっき……台輔が眠っていらっしゃるとき、景王がいらして、大変恐縮してらっしゃいました。また|穢《けが》れに当てるようなことがあって申し訳ない、と」
「……彼女のせいではないのに」
 そうですね、と李斎は食卓を整える。
「景王は慶の民のことを考えられたからこそ、ああなさったのに……。王であり続けることは大変なことなのだと、この頃、とみにそう思いますむ
「……本当に」
 言ってから、しばらく泰麒は口を|噤《つぐ》んでいた。やがて、口を開く。
「……李斎、戴へ戻りませんか」
「──はい?」
 李斎は最初、泰麒が何を言おうとしたのか分からなかった。首を傾げて聞き直そうとした李斎を、泰麒はひどく真摯な目で見返してきた。
「僕たちは、これ以上の御迷惑を慶にかけることはできません」
 李斎は愕然としながら、その言葉を聞いた。泰麒が何を言おうとしているのかをやっと悟って顔面から血の気が引くのを感じた。
「待ってください……台輔、でも」
「慶の波乱の種子になることはできません。これまでにも十分良くしていただいたし、大変なご迷惑をおかけしました。あとはもう、僕らだけで何とかしなければならないところへ来ているのだと思います」
「けれど台輔……そんな、いけません。台輔はまだお身体も。いいえ、そればかりでなく、失礼ながら使令も角も──」
 李斎は激しく|狼狽《ろうばい》していた。何としても止めねばならぬ、と思った。──そう、李斎はずっと泰麒を捜し出すことができれば、泰麒を伴って戴へ帰るのだと漠然と思っていた。泰麒がいれば王気を頼りに、|驍宗《ぎょうそう》を|捜《さが》すことができる。だが、泰麒は角を失い、麒麟としての本性を失った。使令も持たない。そして戴は今や、妖魔と兇賊の巣窟であり、李斎には利き腕がない──。
 内宰らが起こした事件は、李斎に失ったものの大きさを再確認させた。武器を持った|輩《やから》が踏み込んできて、|選《よ》りに|選《よ》って大切な泰麒と大恩ある景王がいる臥室へ踏み込もうとしていたのに、李斎はそれを|止《とど》めることができなかった。武人のようにも見えない者たちに、易々と取り押さえられ、拘束されているしかなかったのだった。
 病み上がりで身体が思うようにならないことを差し引いても、李斎はもはや武人として何の役にも立たないことは確実だった。戴へ泰麒が戻ったとしても、その泰麒を守ることさえできない。それはもとより承知していたことだが、ここまで自分が無力になっているとは思わなかった。漠然とそう知っていることと、それを自覚することはこんなにも違う。李斎はそのことに量り知れない衝撃を受けていた。
「駄目です、台輔──。お気持ちは分かりますが、台輔を戴へお帰しするわけにはまいりません。せめて、お身体をお|厭《いと》いになって……そう、その間に李斎が|荒民《なんみん》から人手を募りましょう。多少なりとも手勢を集めて──」
 泰麒は首を横に振った。
「確かに僕には何の力もありません。けれども李斎、僕らは戴の民です」
 李斎は立ち|竦《すく》む。
「戴は神々すら見放した国です。……そうなのでしょう? 主上はおられず、諸国の善意は届かず、天も戴のために奇蹟を施してはくれません。麒麟ももういないに等しい。それでも戴にはまだ民がいます。李斎と僕と」
「民だなんて──たとえ角を失っておられても、台輔は我が国の麒麟です。台輔は私共の希望です。簡単に失うわけには参りません。戴へ戻り、誰かが主上を捜さねばならず、民を救わねばならないというのであれば、李斎が参ります。──いいえ、李斎はもとよりそのつもりでした。ですが、台輔には安全な場所にいていただかなくては。どうぞお願いです、戴へ戻るなどという……そんな危険なことを」
 泰麒と李斎が喪失してしまったもの──そればかりではない。李斎はもうひとつ、大きな|危惧《きぐ》を抱いていた。
 |鴻基《こうき》で異変が起こった直後、李斎は乱を平定するために承州へ向かい、その途中で二声氏を保護した。この二声氏の証言によって阿選の謀反が明らかになった。同時に李斎は、このことによって大逆の汚名を着ることになったのだが、それよりも辛かったのは、なぜ李斎が二声氏を保護したことが阿選に知れたのか、ということのほうだった。李斎が密書を向けたのは、|芭墨《はぼく》と|霜元《そうげん》の二名だけ。内容が内容だけに、両者とも迂闊な人間に|報《しら》せはすまい。おそらくは|驍宗《ぎょうそう》|麾下《きか》の限られた人々だけが李斎の報せた内容を知った。そしてそれは、阿選に筒抜けだったのだ。
 仮にも驍宗麾下の者たちが、間諜や盗聴に無頓着だったとは思えない。彼らは秘密裏に集まり、十分に注意して密談を持ったはずだ。にもかかわらず、それが阿選に|漏《も》れたということは、その中に阿選に通じていた者がいたということを意味しないか。
 ──驍宗は、自らの麾下の中に、裏切り者を飼っていたのだ。
 李斎は目の前で真摯な目を向けている泰麒を見返す。泰麒にこの忌まわしい事実を知らせたくはなかった。だが、戴は二重に危険だ。戴に入れば、何とか麾下と連絡を取り、手勢を作っていかねばならないが、その中には裏切り者が|潜《ひそ》んでいるかもしれない。それは知古の顔をして泰麒の側に現れるやもしれず、そしてその者から泰麒を守る術が、李斎にはない。
 駄目です、と|譫言《うわごと》のように繰り返すしかない李斎に、彼は困ったように微笑んだ。
「李斎はちっとも変わらない」
 李斎は首を傾げた。
「常に僕のことを心配してくれて、恐ろしいことや辛いことから遠ざけようとしてくれる。驍宗様がおられなくなったときもそうでした」
「……台輔」
「僕はとても驍宗様のことが心配だった。なのに誰も本当のことを教えてはくれなかった。いえ……李斎の言ってくれたことが本当のことだったのかもしれません。けれども僕は、周囲の大人たちが、常に僕の目から恐ろしいことや辛いことを隠そうとすることを知っていました。だから、恐ろしいこと、辛いことを耳にいてくれた阿選を頼りにした……」
 李斎は、はっと息を詰めた。
「阿選は、驍宗様が危険だ、と言いました。あの日には……とうとう伏兵に襲われて大変な窮地に|陥《おちい》っている、と。僕には無事文州に到着したと報せてくれた、李斎たちの言葉を信じることができなかった。到着する前に急襲を受け苦戦している、という阿選の言葉を信じました。苦境をお救いしたくて、僕は使令に驍宗様の許に行くよう、命じたんです。阿選を疑うなんて考えてもみませんでした。それは僕が阿選を信用していた、そればかりではなく、あのときの僕にとって、恐ろしいことを耳に入れてくれる者こそが、嘘をつかない人物だったからです」
 言って泰麒は、|微《かす》かに苦笑する。
「……確かに、僕は本当に子供で、何一つ満足にはできなかった。何かをしようとすれば、かえって李斎たちに迷惑をかけた……あの時もそうだった」
「台輔、そんな」
「けれども李斎──僕はもう子供ではないです。いいえ、能力で言うなら、あのころのほうがずっといろいろなことができた。|却《かえ》って無力になったのだと言えるんでしょう。けれども僕はもう、自分は無力だと嘆いて、無力であることに安住できるほど幼くない」
「……台輔」
「誰かが戴を救わねばなりません。戴の民がせずに、誰がそれをするのです?」
「では……では、もう一度、蓬山をお訪ねして玄君に相談してみましょう。私や泰麒が戴のために何ができるのか」
「そして玄君が何を施してくれるのか、訊いてみますか?」
 李斎は言葉を失った。
「天を当てにしてどうします? 助けを期待して良いのは、それに所有され庇護される者だけでしょう。戴の民はいつから、天のものになったのですか?」
「泰麒……けれど」
「李斎が慶に助けを求めた経過は聞きました。そうやっ李斎が救いを求めて慶を訪ねてくれなかったら、僕が戻ってこられなかったことも確かです。人の手には余ることというものがあると、僕も思います。そして、今の戴の現状は、もはや角のない麒麟や|隻腕《せきわん》の将軍の手には余るのかもしれません。けれども──李斎」
 泰麒は李斎の残された手を取る。
「そもそも自らの手で支えることのできるものを我と呼ぶのではないんでしょうか。ここで戴を支えることができなければ、そのために具体的に何一つできず、しないのであれば、僕たちは永遠に戴を我が国と呼ぶ資格を失います」
 李斎は泰麒を見返す。……そうか、と思っていた。
 李斎は自分がなぜ、戴を救いたいのか分からなかった。同時に、あれほどの思いを、泰麒を前にして急速に失ってしまっていた自分に気づいた。そう、李斎にとっては、泰麒が無事であれば──自分の手で泰麒を守ることさえできれば、それが戴を守ることだったのだ。たとえそれが、慶の中の安全でも、李斎がその安全に何ら関与できていなくても、泰麒さえ無事でいてくれれば、李斎の中の戴は守られる。そして、戴を守ることがすなわち、戴が李斎のものである──祖国である、ということなのだ。守りきれず滅ぼすならばそれは戴に所属する李斎自身のせいだ。李斎は戴を失うが、泰麒さえ守ることができれば、李斎は戴を失わずに済む。
「僕たちは戴の民です。求めて戴の民であろうとするならば、戴に対する責任と義務を負います。それを放棄するならば、僕らは戴を失ってしまう……」
 そして、所属する場所を失うということは、自己を失うということだ。
 李斎は、|朝《ちょう》を失い仲間を失い、知古を失った。|花影《かえい》とも別れ──そして、自分が所属する場所を、もはや戴という国以外には持たなかった。だから、救いたかった。自己を喪失しないでいるために。
 いまや李斎には泰麒がいる。泰麒を失わなければ、李斎が戴を失うことはない。慶の中に居場所も得ている。李斎にはもう、ここを去ることのほうが恐ろしい。だが、それが戴に対する──泰の民に対する、驍宗に対する、戴に今も閉じ込められている幾多の人々と、そこで失われた生命に対する裏切りであることは確実だった。
 ……そう、確かに李斎らは、ここを出て戴に戻らなければならない。
 李斎は涙で|歪《ゆが》む視線を自分の手に向けた。それを握る手は、李斎のそれと変わらない。
「こんなに……大きくおなりなのですね……」

   6

 初秋の未明、李斎は泰麒を伴い、そっと|太師《たいし》宅を抜け出した。
 よくよく泰麒と話し合った末に、景王には何も言わずにいようということになった。出て行くと言えば、|内宰《ないさい》らの起こした事件のせい、自らのせいだと思うだろう。そうでないと説得することはできても、彼女は辛い選択を強いられることになる。それでもなお引き留めるということは、慶の中に戴を抱え込むということであり、送り出すということは、戴を見捨てるに等しいことだ。少なくとも、あの若い王は、そう思わないではいられないだろう。
 それに、と李斎は心の中で溜息を|零《こぼ》す。
 あの王に|真摯《しんし》に引き留められれば、決意が揺らがないでいられる自信はない。今も李斎はこれは蛮行だという思いから抜け出せないでいた。戴に戻らねばならぬ、という泰麒の言い分は分かるし、その通りだとも思う。確かに、李斎は泰麒を連れて戴へ戻らなければならないのだ。──だが、その一方で泰麒は戴にとって絶対に失われてはならない希望であることも確かだった。守りおおせる自信はない。想像も及ばないほどの危難が待ち受けていることなど分かり切っている。できれば思いとどまるよう、泰麒を説得したいとは未だに強く思っていた。人としては戻らねばならない。臣としては戻らせてはならないと思う。二つに裂かれて|拮抗《きっこう》する心は、泰麒の毅然とした意志の重みで、辛うじて戻るほうへと傾いている。
「李斎……残りますか?」
 迷いを|見透《みす》かすように泰麒に問われ、李斎は|慌《あわ》てて首を振った。
「まさか。御冗談を|仰《おっしゃ》らないでください」
「それとも、やはり景王にお別れを? 李斎はとても慶の方々にお世話になったのだから、このまま立ち去るのは辛いでしょう」
 |労《いたわ》るように言われ、いいえ、と李斎は笑って見せた。
「ほんの少し、|名残惜《なごりお》しい気がしただけです。景王も……慶のみなさまも、あんなによくしてくださったのは、戴を救うためなのですから、ここで|臆《おく》していては、それこそ顔向けができません」
 ──そう、全ては戴のために成されたことだ。李斎は戴の民として堯天に来た。ここで安逸に逃げ、戴を捨てることは、その恩義をも投げ捨てることだ。李斎がそんな見下げ果てた振る舞いをすれば、戴の民の全てが見下げられるだろう。自らが何かの一部であるということ──戴の民であるということは、そういうことなのだと思う。
 李斎は改めて息を吐き、太師邸の裏にある|厩《うまや》の扉を開けた。|塞《ふさ》がっている騎房は、ただ一つ、李斎らを認めて、|飛燕《ひえん》は嬉しそうに立ち上がった。
「飛燕」
 泰麒は駆け寄っていく。僅かに警戒する様子を見せた飛燕は、だが、すぐにそれが誰なのか思い出したのだろう、勢い込んで身を乗り出し、甘えるような声を上げた。
「……覚えていてくれたんだ」
 泰麒に|撫《な》でられ、飛燕は目を細める。それを微笑んで見やりながら、李斎は|鞍《くら》を乗せる準備をした。そっと手綱を取り、飛燕を厩から引き出す。李斎は未明の空を見上げた。
「……雲海の上を戻ることができれば、どこかの州城に一気に駆け込むことができます。そこも阿選の手に落ちていないとも限りませんが、雲海の下は妖魔が徘徊しておりますから。どのみち排除して進まねばならないのでしたら、どちらでも大差ないかと」
 説明する李斎に、はい、と折り目正しく答えて、泰麒は飛燕を撫でる。
「休む場所がなくて、飛燕が大変だろうけど」
「大丈夫でございますよ。飛燕はきっと頑張ってくれます。私を|堯天《ぎょうてん》まで運んでくれたのですから」
 うん、と泰麒は頷く。飛燕は柔らかく|喉《のど》を鳴らして泰麒の肩にその頭を寄せた。
 その時だった。
「──こんな時間に何をしてんのかなあ?」
 唐突な声に、李斎が振り返ると、|園林《ていえん》の暗がりの中に六太が立っていた。背後に見える大きな黒い影は|虎嘯《こしょう》のものだろう。
「……延台輔……どうして」
 立ち|竦《すく》む李斎と泰麒を、六太は淡々と見比べる。
「それは、俺が立ち聞きしたからだな」
 言って六太は、にっと笑う。
「悪いな、二人を警護するために使令を張りつかせていたんだ。だから筒抜け」
「……延台輔、僕は」
 言い差した泰麒に、六太は手を振る。
「心配すんな。陽子には何も言ってない。だが、そういう勝手なことをされちゃあ困る。お前は今んとこ、うちの|太師《たいし》なんだ、分かってるか?」
「それは」
「雁の太師が勝手に戴を訪問しちゃあ、|拙《まず》いだろ。もしてやそこで|揉《も》め事を起こされたんじゃ、なお困る」
 黙り込んだ泰麒と李斎を見比べ、六太は大きく溜息をついて苦笑する。
「……そういうわけなんで、仙籍からは抜くぞ。太師も突然の解職で、暇を持て余して|惚《ぼ》け始めてるみたいだからな。でもってこれは、慰労金だ」
 六太は白いものを|放《ほう》る。李斎は無意識のうちに|利《き》き腕を出そうとして受け取りそびれ、自信に苦笑しながら、足許に落ちたそれを拾い上げた。暗闇の中で定かではないがそれは、|旌券《りょけん》らしい木の札だった。
「いずれ、いるんじゃないかと思って、作っておいた。|旌券《りょけん》が必要になることはないかもしれないが、それについた|烙款《らっかん》で|界身《かいしん》から金が出る。ただし、戴でどの程度の役に立つかは分からないけどさ。こっちは路銀だ」
 李斎は放られた|財嚢《さいふ》を、今度はきちんと受け止めた。
「……延台輔」
「あとは最低限の荷物。とらに着けてある。連れて行け」
 李斎は目を見開いた。
「その|天馬《てんば》だけじゃあ辛いだろ。ま、とらは用が終わったら返してくれると有り難い。たまが|寂《さび》しがるからな」
 李斎は手の中のものを押し頂く。
「……はい。必ず」
 うん、と頷いて六太は両手を腰に当て、泰麒と李斎を改めて見比べた。
「本当は行かせたくない……それは覚えておいてくれ」
「……この御厚情は決して」
「朗報を待ってる」
 言って六太は背を向ける。|園林《ていえん》の木陰を|掠《かす》めて歩みを進め、そして|擦《す》れ違いざま、黒い人影を叩いた。樹影の下の夜陰から出てきた虎嘯は、ひどく複雑そうな表情で李斎に禁門のほうを示した。
「騎獣はあっちにいる」
「|虎嘯《こしょう》には……本当に世話になった」
「そうでもねえさ」
 力なく言って、心なしか肩を落とし、虎嘯は先に立って園林を抜けていく。太師邸のある内殿から禁門へと抜ける間、ずっと沈黙したまま、項垂れて足許を見詰めていた。
 虎嘯がようやく振り返り、口を開いたのは、門殿の間近に出てからだった。
「……できることなら|蹤《つ》いていってやりたい。俺がどれだけ働けるかは、分からないけどな。でももう、俺も宮仕えの身なんで」
 複雑そうな表情のまま言った虎嘯に、李斎は微笑む。
「景王のお側には虎嘯が必要だと思う」
「うん。まあ、……そういうこった」
「くれぐれも、景王にはお礼を言っていたと伝えてもらいたい。できればお怒りにならないでくださいと」
 虎嘯は頷き、そして門殿へと歩み寄った。門の内側に|控《ひか》えた小臣が、禁門へと抜ける門を開ける。広い露台の向こうには淡い月に照らされた雲海が広がっていた。

 内殿から禁門へと抜ける門殿の扉が開き、二人の人影と騎獣の影がひとつ、ひっそりと吐き出されるのを|杜真《としん》は見た。傍に立っていた|凱之《がいし》が|徐《おもむ》ろに、|すう虞《すうぐ》[#「すう虞」の「すう」は「馬」偏に「芻」の字。Unicode:U+9A36]の手綱を引いてそちらのほうへと歩み寄る。杜真はその後を蹤《つ》いていった。
 ごく軽々しい旅装の二人連れだった。凱之は、あの女将軍に手を差し出す。
「これをお預けするようにと|承《うけたまわ》っています」
「ありがたく存ずる」
「……お気をつけて」
 言って一礼した凱之に、彼女は丁寧な一礼を返した。凱之の後を|蹤《つ》いていった杜真は、手の中にあるものを彼女へと差し出した。驚いたように彼女は杜真を見る。ずっと以前にお預かりしていた剣です。……その、出過ぎかと思ったんですけど、|研《と》いでおきました」
 ありがとう、と呟いて彼女は片手でその剣を受け取る。あのとき、|深手《ふかで》を負っているように見えた右腕は彼女の身体には|最早《もはや》存在しなかった。
「心からお礼申し上げる」
「いえ」
「お顔は覚えていないが、その声は、いつぞや私が転がり込んだとき、声を掛けてくださった方だな?」
「はい……あの、ええ」
 杜真が頷くと、彼女は微笑んで深々と頭を下げる。
「お陰で景王にお会いでき、過分な御助勢をいただいた。全ては貴方のお陰のように思う。本当に心から感謝いたします」
 杜真は首を横に振った。彼女らがこれから何のために、どこへ向かおうとしているのかは凱之に聞いて知っている。
「……どうぞ、お気をつけて。心から御無事を祈っています」

 淡い月光を受けて白く浮かんで見える露台から、二頭の騎獣が飛び立っていくのが見えた。
「……別れを言わなくて良かったのか?」
 露台に近い高楼から見下ろし、陽子は傍らに向かって問い掛ける。
「お掛けする言葉もございませんし」
「そうだな。……引き留めてしまっては申し訳ない。李斎にも泰麒にも」
「はい」
「無事に辿り着いてくれるといいんだが……」
「州城までは何とかなりますでしょう。雲海の上には、妖魔は出ないものですし」
「問題はその後、か。せめて使令だけでも付けてやれると良かったんだがな」
 景麒は無言で頷いた。
 王または麒麟の身辺を離れ、使令だけで他国に入ることは、兵を入れることと同義だと見なされる。六太にそう教えられ、陽子も景麒も諦めるしかなかった。
 雲海の上を騎獣が遠ざかっていく。広々とした水面の上、それは痛々しいほど頼りない二つの点でしかなかった。見詰めていると、階段を駆け上がってくる威勢のいい足音がする。
「──行ったか?」
 六太が顔を出した。
「うん」
 陽子は|頷《うなず》き、そして再び雲海を見やると、黒い点はすでに波の影に溶け込んでいこうとしている。
「|旌券《りょけん》、渡しといたぜ。用意しといた、って言ったら疑いもせずに|仕舞《しま》ってたけど、俺がいつの間にそこまで用意したと思ったのかなあ」
「みんな、延台輔なら納得してしまうんですよ」
「なんだ、それは。……明るくなって裏書きを見たら驚くだろうな」
 陽子はただ笑った。
 ──もう少し、あとほんの少しでいいから、助けてやれれば良かったのに、と思う。その心情を盾に引き留めることは簡単だろうが、それで救われるのは二人を|憐《あわ》れむ自分の心でしかない。戴を救うことができるわけでもなく、救われぬ戴に痛む彼らの気持ちを救うことができるわけでもないことは確実だった。
 せめて慶がもう少し豊かで、もう少し朝廷が堅固なものであれば。内紛の起こるような朝廷では、安心し、信頼して身を寄せていることもできるまい。実際のところ、引き留めてそれを後悔させないだけのことは、何一つしてやれないと分かっている。みすみす死なすようなものだと承知で二人を出すことは身を切られるように辛いが、この痛みは受け止めるしかないのだ。
「……まず自分からなんだよな」
「うん?」
 雲海を眺めていた六太が振り返る。
「まず自分がしっかり立てないと、人を助けることもできないんだな、と思って」
 陽子が言うと、そうでもないぜ、と六太は窓に額を寄せる。
「人を助けることで、自分が立てるってこともあるからさ」
「そんなもんか?」
「意外にな」
 そうか、と呟いて見やった雲海には、すでに何者の影も見えなかった

 |弘始《こうし》二年三月、|文《ぶん》州に|反《はん》あり。|上《しょう》、文州|轍囲《てつい》に争乱の及ばんとすを憂えて王師を率い、之を鎮めんとす。同月、上、文州|琳宇《りんう》に於いて跡を|喪《そう》す。時に同じく、宮城に|鳴蝕《めいしょく》有り。|由《よ》って宰輔|亦《また》跡を|亡《ぼう》し、百官、之に|失措《しっそ》す。
 時に|阿選《あせん》、官を謀りて、偽王として立ち、其の権を恣にす。|丈《じょう》阿選は禁軍|右翼《うよく》に在りて|本姓《ほんせい》は|朴《ぼく》、名を|高《こう》、兵を|能《よ》くして幻術に通ず。非道を以て九州を蹂躙し、位を簒奪す。

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